「時代」という曲

2013年4月6日、NHK総合で放送された「SONGS」の「時代」特集を観た。

後半で流れた2010年ツアーの映像や、さまざまな人々によるこの曲のカバーをめぐるエピソードもさることながら、最も興味深かったのは、やはり中島みゆき自身によるこの曲についての語りである。

「時代」を書いたのがいつだったのか、はっきりとは覚えていない、と彼女は言う。

口が勝手に歌うにまかせた というような生まれ方をした曲なので
……
今でももしかしたら
もっと長い曲だったのかもしれない という気がする時もあります

「時代」の本来の(?)「もっと長い曲」バージョンを聴いてみたい――それはおそらくは叶わぬ夢ではあろうが、そうした夢を見させてくる言葉でもあった。

少し横道にそれるが、この語りを聴いてふと思い出したのは、以前、彼女が「夜会」のテーマ曲「二隻の舟」について、(いつのインタビューだったか思い出せないのだが) 「『二隻の舟』ばかり20分ぐらい歌いつづけるなんて舞台もやるかもしれない」というふうに語っていたことだ。

こちらの方も、今のところ実現してはいないが、「夜会」のさまざまな物語世界の中で、そのたびにさまざまな意味を新たにこめながら歌われてきた「二隻の舟」に、さらなる大きな世界の広がりを期待させてくれるような発言だった。

「時代」や「二隻の舟」に限らず、中島みゆきの――すべてとまでは言わないが――多くの作品は、そのような意味での、多様な文脈に応じて新たな意味を――「世界」を――生成する無限の可能性を感じさせてくれる。

多様な文脈、というのは、「夜会」の場合のように、中島みゆきの側が私たちに向けて提示してくれる物語だけを指すわけではもちろんない。

ひとつの曲を聴いてくださる方々が
その時々の環境や経験や いろいろな思いにもとづいて
さまざまなイメージをふくらませてくださるのは
書き手にとっては 時には意外な場合もあったりして
かなり 楽しみなことです

――その曲を聴く私たちの、「その時々の環境や経験や、いろいろな思い」。

それこそは、とりわけ「時代」という曲に――おそらくは中島みゆき自身さえ予想しえないようなかたちで――繰り返し新たな意味と生命を賦活してきたのではないだろうか。

私自身について言えば、「時代」は――おそらく多くの中島みゆきファンにとってもそうだったように――そもそも彼女の存在を意識し、その存在に惹きつけられてゆく最初のきっかけになった、重要な曲のひとつだった。

ファンになりたての頃は――アルバム『私の声が聞こえますか』版とシングル版とを、その時の気分に応じて選びながら――何度も繰り返し聴き、時には自分で下手糞なギターの弾き語りに挑戦してみることもあった。

――が、いつの頃からか、この曲は、彼女の最初期の代表曲として常に意識にありながらも、実際にレコードを再生して耳にすることは少なくなっていった。

それはおそらくは、私自身の生にとって「時代」が新たな意味をもったメッセージとして響くような「文脈」を、私が長らく見出しえないでいたからだろう、と思う。

その期間は、まったくの偶然ではあろうが、1989年の『野ウサギのように』ツアー以来、中島みゆき自身がライヴでこの曲を歌うことのなかった21年間と、ほぼ重なっている。

――その21年間を経てのコンサートツアー『TOUR2010』で、私もまた、この曲との久しぶりの再会を果たしたような気がする。

このツアーの初日および楽日についてのブログ記事でも書いたように、本編のラストで、

私から、あなたの人生に、拍手を送らせてください――

というMCと拍手とにつづけて、「今はこんなに悲しくて……」と、この上なく透明なア・カペラで彼女が歌い始めた瞬間、私の胸には、まるで初めてこの曲を耳にしたかのような「驚きの感覚」――自らの生を遥かな高みから俯瞰する視点へと浮揚する感覚――がよみがえってきた。

と同時にそれは、「時代」が新たなメッセージとして、私自身の中に鳴り響く「文脈」を再発見した瞬間でもあったのだ、と思う。

その「文脈」とは、私がその時まで――とりわけ、1990年代前半以来、パソコン通信を中心とする中島みゆきファンのコミュニティの中で――出会った仲間たちとの「別れ」の記憶である。

そのことについては、上記のツアー楽日のブログ記事にも書いたので、詳しくは繰りかえさない。

ただ、「時代」というととりわけ強く思い出されるのは、そうした仲間たちの中でも、かつて私を中島みゆきファンの「濃く」「熱い」コミュニティの中へと、半ば強引に引きずり込んでくれたひとりの友人のことである。

オフラインミーティングのカラオケで「時代」を歌うとき――だいたいは参加者全員の大合唱になるのだが、彼の声はその中でもよく通った――「まわるまわるよ……」からのサビで、私だけがコーラスパートを歌うと、なぜか彼の声とよくハモって、「狩人」みたいだな、などと周りに笑われたことも思い出す。

彼が世を去ったのは2003年11月、その翌年1月に夜会『24時着0時発』がスタートする直前のことだった。

駆けつけることも叶わなかったその葬儀で「時代」が流れたという時間、私もアルバム『私の声が聞こえますか』の「時代」を聴きながら、心の中で彼を送った――

個人的な述懐が長くなってしまった。

その次のツアー「縁会2012~3」で中島みゆきが再び「時代」を歌ったことについては、まだ記憶にも新しく、最近の記事でも書いた。

その理由について、憶測を語ることはやめておこう。

私が自分で歌う時には
いっそ もう何の意味も込めずに
「無」といった気持で歌う方がいいのかもしれないと
最近 思うのですが
思ってはみても いざ歌うと 何かと思わくが入り込んでしまいまして
まだまだ ほど遠いなと反省するばかりです

中島みゆき自身もまた、この曲の中に、たえず新たな意味を――それが鳴り響く文脈を――探しつづけてきたのではないか、と思わせる発言でもある。

そして、「無」こそは、そうした個々人の「思わく」を超えて、この曲を聴くすべての人びとの生という無限の文脈の中に、この曲がたえず新たな意味とともに鳴り響くことを可能にするのではないか――

彼女にこう語らせたのも、そのような思いだったような気がする。


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