2020年1月8日にリリースされたアルバム『CONTRALT』以来、約2年10ヶ月ぶりに、遂に中島みゆきの新曲が発表された。
現在放映中のフジテレビ系月9ドラマ『PICU 小児集中治療室』の主題歌『俱に』。第6話放映の2022年11月14日から、民放番組の配信用サイトTVerで全曲が公開されている。
『俱に』という曲名は、それを最初に聞いた時から、『with』や『二雙の舟』とも響き合うものを感じさせた。実際に全曲を耳にしても、その予想は裏切られない。
生きる互いの気配が ただ一つだけの灯火
『俱に』のラストのこのフレーズは、『二雙の舟』、とりわけ
おまえの悲鳴が胸にきこえてくるよ
越えてゆけと叫ぶ声が ゆくてを照らす
をはっきりと連想させる。生きる一人ひとりの存在の気配が、互いの灯火として、一人ひとりのゆくてを照らす。
と同時に、この新曲から強く印象づけられるのは、疾走への意志とでもいうべきものだ。
走り続けていなけりゃ 倒れちまう
自転車みたいな この命転がして
『断崖―親愛なる者へ―』(1979)でこう歌った、あの頃からずっと、中島みゆきは走り続けてきたのだろう。
――ただ、あの頃の彼女の疾走は、孤独な疾走という印象が強かった。今はそうではない。
俱に走り出そう
俱に走り継ごう
この歌は――中島みゆき自身を含めて――たとえ遠い距離、長い時間を隔てても、俱に走り続けようとする一人ひとりに向けて、互いにその意志を鼓舞しあうかのように歌われるのだ。
音楽的には、この曲には最近の中島みゆき作品によくある転調もないし、歌の音域もちょうど1オクターブにおさまる、きわめてシンプルな作りである。だがその旋律はどこまでも広やかで伸びやかで、一人ひとりの細やかな思いの数々を救い上げ、遙かに羽ばたかせるかのようだ。
後半の間奏のギターソロは、おそらく古川望が弾いているのだろうが、一人ひとりの思いの言葉にならないゆくてを、さらに空高く自由に飛翔させるかのような演奏。夜会『リトル・トーキョー』の終曲『放生』の間奏やアウトロでの彼の名演を、少し思い出させた。
医療ドラマというジャンル
ところで、『PICU 小児集中治療室』に限らず、医療ドラマ・映画と中島みゆきは、何かと縁がある。
産婦人科医であった父・眞一郎氏については、彼女自身による語りも含めて、すでに多くのことが語られていて、そのライフヒストリーがそうした「縁」の背景にあることは想像に難くない。
中島みゆき自身が産婦人科医・南雲律子を演じたフジテレビ系ドラマ『親愛なる者へ』(1992)や、脳外科の巌岳医師を演じた映画『サヨナラCOLOR』(2005)を思い出す人もいるだろう。
12月14日にリリースされるシングル『俱に』のカップリング曲『銀の龍の背に乗って』は、ファンには周知のとおり、2003年からフジテレビ系列で放映されていたドラマ『Dr.コトー診療所』の主題歌である。
このドラマ『Dr.コトー診療所』の久々の続編が、劇場用映画として、12月16日から上映される。
「医療もの」には――手塚治虫のマンガ『ブラックジャック』あたりを源流として――天才的・超人的な医師が大活躍するタイプの作品も多く、それらはそれらで、スリリングでエキサイティングな物語を大いに楽しませてくれる。
だが『Dr.コトー診療所』にせよ『PICU』にせよ、そこに登場する医師や医療スタッフたちは、決して天才でも超人でもなく、弱さや危うさを抱えたごく普通の人間である。そして、それぞれの地域社会の背景の中で、同じように弱さや危うさを抱えた人間である患者たち一人ひとりの命に向き合ってゆく。
――中島みゆきの歌は、そうした医療現場のリアリティとこそ共鳴する。
私の知人の熱心なみゆきファンたちの中にも――古くからの知人、最近の知人を問わず――なぜか医療関係者がかなり多い。根っからの文系人間である私などは、その理由は想像するしかないのだが、おそらくは一人ひとりの命と向き合う彼女たち・彼らの経験の意味が、同じように、彼女の歌と強く共鳴するのだろう。
ところで、少し脱線するが、『PICU』の主演・吉沢亮といえば、2019年度前期のNHK朝ドラ『なつぞら』で、アニメーターを目指すヒロイン・奥原なつ (広瀬すず) に絵を描くことの魅力を教える幼馴染、山田天陽を演じていたことを思い出す。あのドラマの序盤も、北海道・十勝の牧場を主な舞台としていた。
さらに、『PICU』で志子田武四郎 (吉沢) の上司、植野医師を演じる安田顕が、『なつぞら』では帯広の菓子屋「雪月」の店主、小畑雪之助を演じていたことも思い出される。
これらのキャスティングはもちろん偶然の結果なのだろうが、北海道という舞台の共通性もあって、中島みゆきとの間接的な「縁」のようなものを感じさせる。
そういえば『なつぞら』にはもう一人、中島みゆきともう少し近い接点をもつキャストとして、雪之助の妻・妙子を演じた仙道敦子――唐十郎作のNHKドラマ『匂いガラス』(1986)のヒロイン――も出演していた。
再始動への軌跡
中島みゆき2020ラスト・ツアー『結果オーライ』が、コロナ禍のために未完のままで中断して以来、『俱に』での再始動に至るまでには、いくつかの伏線があった。
まずは、2月2日の『結果オーライ』ライヴCDのリリース。初回特典のライヴ・ドキュメント映像とも相まって、この貴重な記録は、未完のツアーの記憶のひとつの節目となった。
それと前後して、1月21日からは、劇場版『ライヴ・ヒストリー 2007-2016 歌旅~縁会~一会』の上映があった。この映画は、あの3つのコンサートの記憶を鮮明によみがえらせるだけでなく、それらから現在に至るまでの時間の意味をも語り掛けた。とりわけ、2020年10月に世を去った名キーボード奏者・小林信吾の姿が映るたびに、この演奏をいつまでも記憶に留めたいと何度も思い直した。
9月には、サントリーの缶コーヒー『BOSS』のCMに「宇宙大統領」役で出演するというサプライズがあった。この大仰な役名は、まるで男子小学生の会話のようなノリさえ感じさせるが、「偉そう」な役という点では夜会『金環蝕』の天照大御神以来かもしれない。「働くの禁止スイッチ」が巻き起こす大混乱も、天照の岩戸隠れの伝説となんとなく似ているような気もした。
9月21日には、渡辺真知子のデビュー45周年シングル、『二雙の舟/カナリア』がリリースされた。夜会『リトル・トーキョー』でヒロイン・大熊杏奴 (中島みゆき) の姉・李珠を演じた彼女だからこそ歌い得た2曲と強く感じると同時に、「二雙の舟」としての「おまえと私」とは誰なのか、「あなた」に向けて歌を歌うことの意味は何なのか、といった根底的な問いについて改めて考えさせられた。
前後するが、8月に出た週刊誌のインタビュー記事では、「コンサート自体はもう予定が入っている」という大いに心躍らせる発言がまず注目される。また、「今はアルバムのレコーディング」中で、「出るのは来年の2月か3月」とのこと。「俱に」はこのアルバムにも収録される予定である。
そして最近、11月11日、このアルバムのレコーディングに吉田拓郎がギターとコーラスで参加していたことを、彼自身がラジオ番組「吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」で明らかにした。すでに報道されているとおり、彼は年内で芸能活動を終了する意向を表明している。が、
颯爽としたお姿もつやつやのお声もお変わりなく、うれしく、安心いたしました
という中島みゆきからの手紙の言葉、さらにこの歴史的なセッションそのものが、「俱に走り継ごう」という彼女からのメッセージであるようにも響いた。
最近、古くからのファン仲間とも、また若いファン仲間とも、久々に再会する機会があったが、当然ながら再始動した中島みゆきの来年以降の活動への期待の高まりが、話題の中心になる。
予定されているというライヴが、『一会』のような大都市コンサートなのか、夜会なのか、それとも夜会工場なのか――それはまだわからない。だが、いずれにせよライヴ会場での再会を期しつつ、私たちファンもまた「俱に走り継ごう」という思いを新たにする。
久しぶりのブログに心躍らせながら拝読しました。
こんばんは、増田と申します。
コロナでコンサートツアーも中止、(ご一緒の予定でしたが)めっきり中島みゆきの近況も伝わってこなかったわけですが、CM出演するなどのサプライズ等で活動再開の布石を打ってきました。
噴火直前の火山のようにエネルギーを爆発させる、というよりはしれっと音楽活動を再開してきているご様子はみゆきさんらしい肩透かしの方法ですね。
ファンの期待は裏切りませんが、どんな形で次のライブ?夜会?が出てくるか楽しみです。
またお目にかかれますよう、楽しみにしております。
増田さん、コメントありがとうございます。
たしかに、一部で流れていた「引退」説など (私を含め熱心なファンは、もともと歯牙にもかけていなかったでしょうが) 一蹴するかのように、軽やかなみゆきさんの再始動ぶりは、いかにも彼女らしいと感じさせます。
またライブ会場でお目にかかれることを楽しみにしています。