「虹と雪のバラード」と「根雪」

札幌冬季五輪会場があった手稲山

スポーツに関しては、知識も関心も平均的一般市民の域をまったく出ない私のような人間にとっても、オリンピックという巨大イベントは、色々な意味で気にかかる対象ではある。

いま、間もなく幕を閉じようとしているロシアのソチでの大会もさることながら、私の世代にとって冬季オリンピックといえばまず思い出されるのは、1972年2月に札幌で開かれた、日本で最初の大会のことだ。

戦後日本の高度経済成長時代の終盤――その8年前の東京での夏季大会の記憶はすでに遠ざかりつつあったが、2年前のもうひとつの巨大イベント、大阪万博の余熱はまだ冷めやらなかったその時代――

当時、小学校卒業直前だった私の記憶の中にも、「日の丸飛行隊」の異名を取ったスキージャンプの笠谷、金野、青地3選手のメダル独占をはじめとして、TVの映像が伝えた興奮は、その時代の雰囲気とないまぜになって残っている。

 

そうした記憶を思い返すとき、必ずそのBGMとしてよみがえるのが、札幌オリンピックのテーマ曲「虹と雪のバラード」 だ。

この曲が、札幌オリンピックをリアルタイムに記憶している人びとにとって持っているであろう意味を軽妙に伝えるエピソードが――中島みゆきファンのあいだでは、なぜかとりわけ人気の高い――漫画『動物のお医者さん』の中にある (単行本第9巻所収、第83回)

この作品のヒロイン(?)、菱沼聖子に思いを寄せる男子高校生に、彼女が出す条件が――

「じゃ、『虹と雪のバラード』歌ってみて ♪虹の~地平を~ 1 2 3 ハイッ」
「…………」 (←かわいそうだよ 生まれてなかったんだから)

――トボトボと雪の中を去ってゆく男子高校生。

ちなみに、この回の初出は1992年なので、当時20台後半と思われる菱沼さんが札幌オリンピックを経験したのは、小学校低学年の頃ということになろうか。

この漫画の作者・佐々木倫子も含めて、とりわけある世代の北海道人にとって、「札幌オリンピックを知らないんじゃアタシの相手ではない」という菱沼さんの台詞は、リアルな感覚の率直な表明でもあるのだろう。

 

中島みゆきもまた、その世代の北海道人のひとりである。

当時、20歳になる直前の大学2年生の彼女が、札幌オリンピックの会場整理アルバイトをしてギターを買ったというのは、彼女の熱心なファンには比較的よく知られているエピソードだろう。

寒かったよ~お。朝の5時にバスが迎えにくるの。
……なんたって冬季オリンピックだから、吹雪の朝があるわけよ。
朝の5時だから真っ暗で吹雪がビューンよ。ハハハ…。
(こすぎじゅんいち『魔女伝説――中島みゆき』、1982年、166頁)

例によってユーモラスな語り口ではあるが、この「寒さ」の感覚には、とてもリアリティがある――こうした経験も含めて、北海道人ならではの厳しい冬の記憶は、おそらくは後に夜会『ウィンター・ガーデン』で展開される世界観の原型ともなったのだろうと思われる。

 

ところで、「虹と雪のバラード」について、彼女がインタビュー等の中で直接語っている記事は、残念ながら私は知らない。

ただ、「雪」を歌った数多くの中島みゆき作品の中でも、かなり初期に属する「根雪」 ――1979年、5枚目のアルバム『親愛なる者へ』のA面(当時)のラスト曲――に、私は「虹と雪のバラード」の残響をはっきりと聴く。

具体的にいえば、「いつか時が経てば/忘れられる あんたなんか……」というサビのコード進行 (読みやすいようにCに移調して表記) ――

| F  G7 | Em  Am | Dm7  E7 | Am  C7 |
| F  G7 | Em  Am | Dm7  G7 | C     |

キーは違っても、このコード進行は、「虹と雪のバラード」のサビ(2番)、「生まれかわるサッポロの地に……」のそれと、ぴったりと重なる。

3~4小節の「E7→Am」というマイナーの半終止――それは悲しみの記憶の再帰だろうか――そして7~8小節の「G7 → C」というメジャー終止による、記憶の救済への祈り。

「町に流れる歌」――「やさしすぎて なぐさめすぎて」余計なことを思い出させる「古い歌」――とは、もしかしたら「虹と雪のバラード」だったのではないか……

……まあ、この解釈は少し考え過ぎかもしれないが、札幌オリンピックと「虹と雪のバラード」の記憶が、中島みゆき個人の青春時代の記憶の中にもしっかりと織り込まれていることは、まず間違いないのではないかと私は思っている。

 

「根雪」のその美しい旋律、雪道をゆっくりと踏みしめながら歩むかのような静かなギターの弾き語りとともに、限りなく繊細な心の震えを切々と伝えるヴォーカル――そのスタイルは、同じく初期の名曲である「ホームにて」とも共通する。

そして、(上述のメジャー終止で) 「あんたなんか……」とフェルマータで歌い終えた途端、爆発するように入ってくるアウトロのフル編成のバンド。

――静から動へのこの鮮やかな転換については、詩人・天沢退二郎もまた、印象的に語っていたことを思い出す。

悲しみの記憶とは裏腹に、冬の祭典に浮かれる街――そして、その両者を等しくつつんで降り積もる雪。

言わずもがなのことだが、「根雪」とは、消えることの (融けることの) ない記憶の象徴である。

スポーツの祭典も――そこに登場するスタープレイヤーたちも――そうであるように、私たち一人ひとりの記憶もまた、喜びと悲しみに、叶えられた夢と叶えられなかった夢とによって織りなされてゆく。

「根雪」をはじめとして、中島みゆきが歌う数々の雪の歌は、そうした記憶のひとつひとつを、美しく白く降り積もる風景の中に、鮮やかによみがえらせるのだ。


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