「ホームにて」という曲を初めて耳にしたのは、30年ほど前の学生時代、かの伝説の名ラジオ番組「中島みゆきのオールナイト・ニッポン」でのことだった。
この曲は、彼女の他の有名曲と同様に、リスナーからの葉書のコーナーでしばしばBGMとしてネタにされ、冒頭のあの切々としたヴォーカルが流れると、みゆき自身、
私、これを歌ってる人と同一人物とは、自分でも信じられないんですけど・・・(笑)
などと、やや照れ隠し気味にしゃべっていたのを思い出す。
中島みゆき自身にとっても「ホームにて」はお気に入りの曲のひとつなのか、ライブでもたびたび歌っている。最近では、 CONCERT TOUR 2007 での歌唱が記憶に新しい。あの時の、懐かしくたゆたうような繊細な歌も素晴らしかった (ライブDVD「歌旅」には残念ながら収録されていないが、ライブCDで聴くことができる)。
彼女は、基本的に「ライブの人」という印象が非常に強い。レコーディングされた歌に比べて、たとえ歌唱の完成度に問題があろうとも――さらに、彼女のライブでは決して珍しくないことだが、派手な歌詞間違いをやらかそうとも(^^;)――それでもライブでの歌のほうが、ほとんどの場合、遥かに感動的に迫ってくる。
ただ、「ホームにて」だけはその数少ない例外といってよい。
この曲に関する限り――上記の2007年ツアー版もさることながら――私にとって最も懐かしいのは、やはり1977年のサード・アルバム「あ・り・が・と・う」に収録されているオリジナル・バージョンなのである。
それは、このレコーディングでの中島みゆき自身のヴォーカル――故郷への遥かな想い、心の震えのすべてを、この上なくきめ細やかな表情とともに切々と伝えてくる歌声――によるところが、もちろん最も大きい。
が、そのヴォーカルをさりげなくサポートするシンプルで美しいアレンジも、この曲を語るときには欠かせない。 ( (1)でも触れた) アコースティックギターの弾き語りで始まり、やがてパーカッションとベースが控えめにリズムを刻み、そして2番の後半になると、ヴァイオリン、ついでチェロが、ヴォーカルに優しく優しく寄り添うように、懐かしさに満ちた歌を歌う。
「ホームにて」の編曲者である福井崚という人の名前を、私は中島みゆきのアレンジャーとしてしか知らないが、彼女の初期の、まだフォーク色が濃かった頃の素朴なサウンドの魅力は、この人に負う部分がとても大きかったのだと、今にして思う。
というわけで、「ホームにて」は、数ある中島みゆき作品の中でも、昔から私のとりわけ好きな曲のひとつでありつづけている。
が、今からちょうど2年前の年末頃、たまたまネット上で、この曲の魅力を再発見する機会があった。
それは、ニコニコ動画で、ヴォーカロイド・初音ミクに中島みゆきを歌わせた作品をあれこれ検索していていて、見つけた「ホームにて」である。
まるで田舎から都会に出てきたばかりの年端もいかぬ少女が歌っているかのような(?)、少し舌足らずなミクのヴォーカルも、これはこれでけっこう雰囲気がある。
それに何より、ニコニコ動画特有の画面に流れるコメント群を眺めていると、見知らぬ多くの人々がこの曲に寄せるさまざまな思いを垣間見るようで、思わず共感させられたりもする。
コメントの中にもあるように、初音ミクが歌う中島みゆきも玉石混交ある中で、これは間違いなく秀逸な作品だと思う。
大阪で生まれ育った私にとって、「ホームにて」に歌われているような、現実の生活の場としての都会と、鉄路の果ての故郷とのあいだの遥かな距離――青い空だけがその架け橋となっている距離――は、まったく空想上のものでしかない。
それでもこの歌を聴くとき、「走り続けたホームの果て、叩き続けた窓ガラスの果て」にある「ふるさと」のイメージは、現実の記憶よりも遥かに遥かに痛切な懐かしさで、私をいざなうのだ。
父が亡くなって、この歌を聴きながら感じています。
自分の記憶の中では、過去の子ども時代に帰って家族と楽しかった時代に浸ることができるけれど、ふと現実の世界に戻ると、どんなに願っても決して過去に帰って父母に会うことができない。そんなもどかしさと哀しさに包まれています。
同じ時間帯の中の単純な物理的距離なら、がんばれば帰省できるけれど、時間軸を遡って父母のいる暖かな家庭には決して帰れない。現実には決して帰ることができないけれど、その思いも決して消えることがない。
歌の中の意味不明なキーワードは、自分の感情と不思議とマッチします。
moominさん、コメントありがとうございます。気づくのが遅くなってすみません。
『ホームにて』は、年齢を重ねてから聴くと、たしかに帰れない「故郷」との空間的距離だけでなく、時間的距離をも感じさせます。
ふりかえるひまもなく時は流れて
帰りたい場所がまたひとつずつ消えてゆく
という『誕生』のフレーズも思い出されますね。と同時に、近作『夢の京(みやこ)』のラストの
時は戻らない 夢は戻れる
怖れることはない
というフレーズは、時の流れに抗いうる「夢」を力強く歌い胸に響きます。