耳から歌、眼に車窓風景

私はそれほど熱心な「鉄ちゃん」というわけではないが、子どもの頃からの鉄道好きを、ゆるゆると引きずりながら現在に至っている。

せいぜい、旅行先で乗った列車の写真を (コンデジで) 撮ったり、ときどき鉄道関係の本を手に取ったりする程度ではあるが。

先日、そんな本の一冊、宮脇俊三のエッセイ『旅の終りは個室寝台車』を読んでいると、 「飯田線・天竜下りは各駅停車」というくだりの中にこんなエピソードが目についた。

同行する編集者・藍孝夫氏が車内でウォークマンで聴くために持ってきた 中島みゆきのカセットテープ (自作ベスト) を、「ちょっと聴いてみませんか」と、 宮脇氏も聴かされる羽目に。

藍氏は、「これは人気のある曲ですが、すこししつこいという人もいます、いちばん好きなのは最後の曲です」などと一曲ずつ宮脇氏に解説する。

ふだん列車の中で音楽など聴くことはないという宮脇氏の、次のような感想はなかなか興味深い。

女は「今夜だけでもきれいになりたい」と唄い、飯田線は伊那谷を走る。……
耳から歌、眼に車窓風景、尻からは線路の振動、いわば超総合芸術で、
それなりに面白くないこともなかったが、テープ一本聴き終わったときは、
少々うんざりした。
「どうですか、中島みゆきのファンになりそうですか」
と藍君が訊ねる。
「大丈夫、ファンにならないですみそうです」
「ああそうですか」

……このあっさりしたオチがなんとも良い。(^^;)

藍氏のいう「人気があるが、少ししつこいという人もいる」曲というのは、宮脇氏も引用している「化粧」のことだったのだろうか。あの泣きながら歌う中島みゆきの声は、初めて聴く人にはかなり衝撃的だろう。

ちなみにこの旅は1982年12月、 「寒水魚」が最新アルバムだった頃なので、藍氏の 「いちばん好きな最後の曲」というのは「歌姫」だったのかもしれない。


ところで私自身は、通勤電車や出張の新幹線の中では、(中島みゆきだけとは限らないが) 携帯オーディオプレイヤーの音楽なしではいられないほうであり、(線路の振動はともかくとして) 音楽と車窓、聴覚と視覚とのハーモニーが、時には思いがけず新たな「意味」を作り出してくれるのを、楽しみにしている。

たとえば先日のこと。

東京への日帰り出張への往路で、新幹線の車窓から、久々に富士山がくっきりと見えた (これを楽しみに、往路はいつも山側の席を取ることにしている)。

トンネルを出た途端、車窓の快晴の空をバックに、広く裾野を引く富士が姿を現したとき、耳に聴こえていたのは「昔から雨が降ってくる」

悠久の時の流れ、生命の流れに思いを馳せるこの歌の世界観と、古来変わらぬ雄大な富士の風景とが、 (歌の世界の雨と現実世界の快晴という表面的な天候のギャップなど超えて) あまりにも見事にシンクロした瞬間だった。

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また同じ日の復路、広々とした空に鮮やかな夕焼けが広がる車窓と、イヤホンから流れる「鷹の歌」

人生の黄昏を迎え、老いさらばえようとも、「怖れるなかれ 生きることを」と、その遥かな高みから生を、世界を見晴るかすまなざしを教え、伝えつづける存在。次第に濃くなってゆく夕闇をバックに、そのイメージは私の中でさらに鮮やかになった。

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