「野球」と「記憶」――夜会『ウィンター・ガーデン』と『博士の愛した数式』

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「夜会ステージアートスペース」 (2008年 赤坂TBS 1階ロビー) より、夜会VOL.12『ウィンター・ガーデン』の舞台

夏の甲子園での高校野球が始まると、野球好きの血が騒ぐ。

私自身は生来の運動音痴で、もっぱら「観る」方の立場ではあるが――高校野球にせよプロ野球にせよ――野球にまつわるさまざまな記憶は、これまでの人生の節目節目に、かなり濃くその影を落としているような気がする。

どんなスポーツでも言えることなのかもしれないが、とりわけ野球というスポーツは、数字というかたちで記録されるデータの質や量の厚みとも相まって、そのように個人的な記憶と強くリンクする傾向があるようにも思う。

 

ところで、中島みゆきの歌詞に明示的に「野球」が登場するのは――「あたしの泣き顔」を見て見ぬふりで「野球の話ばかり」何度も繰り返す、苦労人の「タクシードライバー」を別にすれば――1988年のアルバム『中島みゆき』に収録された「ミュージシャン」が唯一の例である。

「人生は長過ぎて 僕の手に負えない」と、自らの生に踏み迷うミュージシャンを主人公とするこの歌の後半、いわゆる大サビで、彼は少年時代の記憶をよみがえらせる。

12歳の頃 野球選手になりたかった
今でも夢にみるさ マウンドにあがってる
……
だけど 8回の裏
投げ方を忘れてマウンドを降ろされる
やりきれぬ笑い話さ
かなしい夢さ

大詰めの9回の裏ではなく「8回の裏」――この表現には、野球好きの心に妙に響くリアリティを感じさせる。

少年時代の野球への夢とその挫折の記憶を忘れられずにいること――そのことこそを、ミュージシャンのこれからの長い生への励ましへと転化させて、この歌は結ばれる。

 

この「ミュージシャン」も「野球」と「記憶」との関わりということを強く印象づける歌だが、中島みゆきには、実はその関わりがより深く、ストーリーの根幹に据えられた作品がある。

それは、2000年に初演され、2002年に再演された夜会『ウィンター・ガーデン』である。

北限の荒野に立つ GLASSHOUSE でひとり暮らしながら、道ならぬ恋の相手である義兄――姉の夫――を待つ〈女〉(VOL.11では谷山浩子、VOL.12では香坂千晶) 、そしてその GLASSHOUSE の先住者の〈犬〉 (中島みゆき)

その〈犬〉がずっと大切そうに抱えている赤い CAP (野球帽) ――それこそは、〈犬〉をその前生の記憶へとつなぎとめている鍵だったのだ。

 

第2幕も後半の第4場、中島みゆきが「天使の階段」を歌う場面で、初めて〈犬〉の前生――GLASSHOUSE のかつての主人と、やはり道ならぬ恋にあった愛人――が明かされる。

妻と離婚し、ここで共に暮らそうと約束した男の姿を探して、彼女は氷の湖へとさまよい出る。その胸に大切そうに抱きしめられている赤い CAP――

暑い夏だったわ あの人がナイターに連れてってくれた
声を嗄らして応援して いっぱい笑って ナイスプレイに抱き合って喜んだ
あの日の CAP が あたしの宝物になったの
 (「CAP」)

「学校のグラウンドでボールを追っかけてた」というからには、彼自身、かつて野球の選手でもあったのだろう。真夏のナイターの興奮の記憶と、氷に覆われた真冬の光景とのコントラストは、あまりにも鮮やかだ。

――しかしその思い出の CAP は思いがけぬ突風にさらわれ、氷上に吹き飛ばされてしまう。それを追って彼女は、氷の割れ目の下に姿を消す――

 

『ウィンター・ガーデン』については、以前、「神話の解凍」と題した記事でかなり詳しく考察したので、ここではこれ以上は繰り返さない。

ただ、数年前、まったく別の方面から、この夜会のことを――とりわけ、「野球」と「記憶」との関わりという側面から――鮮明に思い出す機会があった。

それは、小川洋子の小説『博士の愛した数式』を読んだときである。

80分しか記憶が持続しない老数学者「博士」、シングルマザーの家政婦の「私」、その10歳の息子「ルート」という3人のあいだの、それぞれに危うさと傷つきやすさをかかえながら、そしてそれゆえに、この上なくきめ細やかな交感と交流の物語。

17年前 (1975年) の交通事故の後遺症で記憶の蓄積が止まり、もはや現在 (そして未来) には「人生」という物語を生きることのできない「博士」と、「私」「ルート」の母子とのコミュニケーションを取り持った二つの中心的なメディアは、「博士」の愛した「数」と「阪神タイガース」であった。

 

この小説に登場する、数や数学をめぐるさまざまなエピソードもとても印象的なのだが、このブログの性格上、それについては割愛しよう。

ただ、熱狂的な阪神ファン――とりわけ、彼の記憶の中ではいつまでも現役でいる江夏豊の大ファン――でありながら、「博士」が野球の試合を一度も (TVでさえも) 見たことがないということに驚く「ルート」に対して、彼はこう語る――

野球ほど多彩な数字で表現できるスポーツは他にないからね。
阪神の選手の打率や防御率のデータを分析するんだ。
0.001の変化を読み取って、試合の流れを頭の中でイメージするのさ

もちろん打率や防御率だけではなく――後で紹介するナイター観戦の客席で――マウンドの高さやホームに向かってのその傾斜、あるいは盗塁時の投手、走者、捕手それぞれのコンマ何秒単位のタイミングでの熾烈な争い等々、実に細々とした――しかし野球にとって本質的に重要な――数字について「博士」は次々と語り続け、尽きることがない。

要するに、「博士」の「数」への愛と「阪神タイガース」への愛とは、互いに強く織りなされたものだったのだ。

 

母子は、思い切って「博士」を野球観戦に誘う。1992年6月2日、3人が初めてプロ野球公式戦 (阪神・広島戦) に出かけるこの場面は、とりわけ印象的だ。

三塁側特別内野へ続く階段を登りきった瞬間、私たちは同時に声を上げた。
不意に開けた視界の先には、柔らかく黒々としたグラウンド、
まだ誰の足跡もついていないベース、真っすぐにのびる白線、
そして丁寧に手入れされた芝生の広がりが見えた。
……
その時、私たちの到着を待ち望んでいたかのように、照明に灯がともった。
カクテル光線を浴びた球場は、天から舞い降りてきた宇宙船だった。

この上なく世俗的な喧噪と興奮の空間でありながら、それゆえにその場にいる人々を世俗のあらゆることどもから離脱し浮遊させる夢と祝祭の空間。

 

この年、1992年のペナントレースの行方は、3人のその後の転機とも重なるかのように展開していく。(とりわけ阪神ファンであれば、よくご存じのように) 野球も人生も、いつだって「ドラマ」や「物語」のようになんか行きはしない――阪神はヤクルトとの優勝争いに敗れ、2位に終わった。束の間の夢と祝祭を共有した3人も、またそれぞれの現実の中に戻ってゆき、現実の問題と直面するほかはなかった。

しかし3人を結びつけた「数」と「阪神タイガース」と、そしてそれらを取り囲むささやかな日常の中で各々が受けた祝福の記憶は、この小説に設定された時間の線分を超えて、消えることなくこだましつづけているような気が、私にはした。

 

この小説を読み終えて私の胸に浮かんだのが、『ウィンター・ガーデン』のテーマ曲ともいうべき「記憶」である。このとき私は、この曲はまるで「博士」のために書かれたような気さえした。

もしも過ぎた事を 総て覚えていたら
何もかもが降り積もって 辛いかもしれない
 ……
思い出すなら 幸せな記憶だけを
楽しかった記憶だけを 辿れたらいいけれど
……
1人で生まれた日に 誰もが掌に握っていた
未来は透きとおって 見分けのつかない手紙だ

「博士」がつねに(「ルート」をはじめとする) 子どもたちに限りない慈しみを注いだのも、子どもたちこそ、自らには失われた「未来」という「透きとおった手紙」を遥かに運んでゆくことのできる存在だったからなのかもしれない。

(追記)
なお、『ウィンター・ガーデン』と『博士の愛した数式』との間には、「野球」と「記憶」以外に、実はもうひとつ、やはりストーリーの根幹にかかわる重要な共通項がある。しかしこれについては、小説のいわゆる「ネタバレ」になってしまうので、ここでは伏せておこう。


「「野球」と「記憶」――夜会『ウィンター・ガーデン』と『博士の愛した数式』」への2件のフィードバック

  1. 常時と瞬時 
    昨日は、わが故郷の和歌山市立和歌山高校の試合を見ていました。
    しっかり見ていたはずなのに、12回裏撃たれた瞬間、あっ負けたと思ってしまいました。実際負けたのですが、セカンドがゴロを取ってファーストへ投げたのでした。その前に集まって3塁走者が走ったらホームへ返球するように確認し合った、というのに。
    それまで軽快な守備でした。ただ、ひとつ違ったのは打球が思ったよりもはずまなかったこと。ホームに投げるべきなのにファーストへ投げている自分に彼は気づいた、頭の中が真っ白になっていた。(朝日新聞参照)。
    もしかしたら、ホームに返球したらアウトだったかもしれない。
    数字だけじゃわからない記録だけじゃわからない、その瞬間の判断力が勝ち負けにつながるのです。しかし、実際は後半になって押され気味でした。アウトになって守備から攻撃に代わるたびに安堵しました。
    相手の鹿屋中央のピッチャーは8回まで投げて9回に交代しています。
    あの歌詞は”8回の裏”ですが同じような印象を受けます。
    ところで(追l記)について、です。私は浅丘ルリ子さん(映画)の博士に対する思いかなと考えますが、いかがでしょう。(伏せてるのにすみません。)

  2. ナミナミさん、コメントありがとうございます。
    私もその昨日の試合、リアルタイムで見ていました。内野ゴロを二塁者が一塁に送球した瞬間、「あっ」と思いました。野球の怖さ (や、それと表裏一体の魅力) は、まさにあのような瞬間に凝縮されるのでしょうね。時間の流れの中で、後戻りのできない転轍のポイントのように。
    (追記)については、ご指摘のとおりです。もちろん両作品でまったく同じというわけではなく、(わざとぼかして書いてますが) いわば構造的な共通項ということなのですが。
    ところで、本文の1992年6月2日の広島・阪神戦 ((岡山県野球場)は、後から調べてみると、あの金本知憲選手が (もちろん広島の新人として) 代打で初出場した試合なんですね。小川洋子さんはこのことも知っていて、このゲームを選んだのか……

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