親しらず子しらず――冬の日本海

前の記事に引きつづき、またまた私事にちなんだ話で恐縮だが――今年の秋、次男の中学の合唱コンクールで、あるクラスが歌った「親知らず子知らず」という曲が、とても強く印象に残った。

少し調べてみたところ、合唱曲としてはいわゆる定番のひとつになっている有名曲らしいが、中島みゆきの世界とも、どこか深い部分で相通じる作品のような気がしてならず、この記事で紹介することにしたい。

この曲の舞台は、かつて日本海沿いの旅の難所として知られた、急崖が連なる地帯である。現在の新潟県糸魚川市の西端に位置し、「親不知と子不知に分かれるが、この二つを総称した名称も親不知である」。

その名称の由来は、親が子を、子が親を省みることすらできない難所という説が一般的なようだが、より具体的に、平安末期、平家の落人となって越後にいる父親を尋ねてゆく母子がこの難所に差し掛かったとき、子を波に攫われたという伝承もあるという (Wikipedia記事「親不知」より)

子を呼ぶ母の 子を呼ぶ母の
叫びが聞こえぬか

母を呼ぶ子の 母を呼ぶ子の
すすり泣きが聞こえぬか

上記の伝承や、それに基づくこの印象的なリフレインは――シチュエーションは異なるにせよ――夜会『今晩屋』の素材となった「山椒大夫」の物語を、思い出させずにはおかない。

九州へ行ったきり帰らぬ父を尋ねてゆく旅の途上、やはり越後の海辺で、母は、人買い・山岡太夫に欺かれ、二人の子、安寿と厨子王を攫われてしまう――

――子を攫ったのが波であるにせよ、人買いであるにせよ、「子を呼ぶ母の叫び」の深さは、変わるところがない。

こうした暗く悲劇的な冬の日本海のイメージは、中島みゆき作品の重要な背景としてしばしば登場する「海」にも、繰り返し投影されているように思う。

とりわけ最近で、何といっても印象的だったのは―― 別の記事にも書いたとおり――夜会Vol.17『2/2』 の第2幕第2場 (福井県・厳冬) 、圭が莉花の故郷を訪ね歩く場面で、ホリゾント全面に映し出される、吹雪が舞う海の風景であろう。

――その暗い冬の海をゆく旅の果てに、圭が莉花の「帰り道を照らす」ための「真実の灯」を見出したように、海を彷徨うすべての悲しみが、いつか故郷に帰り、やすらぐ日が来ることを祈りつつ――


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