「縁会2012~3」金沢公演と大阪公演 (2)

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さて、年が改まって、初日の神戸以来、約3ヶ月ぶりの関西公演。会場は、大阪のビジネス街の中心にあるオリックス劇場 (旧・大阪厚生年金会館) である。このホールも、学生時代に大学オケの公演を聴きにきて以来、数十年ぶりだ。

オープニングでは、昨年末の金沢公演に比べて、やや抑え気味かな、と思っていたら、「化粧」あたりから、ステージも客席も徐々に雰囲気がシフトアップし、後半になるほど盛り上がっていくという、いかにもライヴらしい展開になった――

 

「縁」への思い

前半 (第1幕) でとりわけ印象に残ったのは、「過ぎゆく夏」「縁」「愛だけを残せ」の3曲の流れである。

「過ぎゆく夏」の前のMCで中島みゆきは、この曲の由来――コンサートツアーでともに旅をし、憎からぬ思いさえ抱きかけた仲間との別れを惜しむ思い――について、冗談めかして語ってはいたが、それは実はこの後につづく2曲――今回のツアーのタイトルにもまつわる「縁」を歌う2曲――への伏線でもあったのだな、と今頃になって気がついた。

アルバム『短篇集』 (2000年) で発表されて以来、ライヴでは今回初めて演奏されるこの曲は、これまでファンのあいだであまり話題になることがなかったような気がするが、私は初めて聴いたときから、この曲がとても好きだった。とりわけ、

過ぎゆくものよ 清 (すが) しきものよ
横顔だけを見せつけて
帰らぬものよ 袖振るものよ
熟さぬ酒を酌みかわせ

この”サビ”の素晴らしい疾走感と昂揚感、そしてそれゆえの寂しさとせつなさ。

――この不思議な感覚の共存の理由が、今にしてよくわかる。それは、コンサートツアーという「夏」をともに過ごした仲間たちとの束の間の「縁」への、中島みゆきの熱い想いのゆえだったのだ。

MCをはさまず、つづけて歌われる「縁」は、かつてアルバム『予感』 (1983年) で聴いたときには、私には今ひとつピンとこない曲だった。それはおそらく、「縁」という言葉を――当時の中島みゆきに対する一般的なイメージにひきずられてか――あまりにも「男女の縁」という意味に限定してとらえすぎていたせいではないか、と思う。

だがそのようなとらえかたでは、「万里の道」という言葉の意味や、この言葉のイメージともつながる、大陸的ともいうべき雄大な風景の中を旅するかのような曲調とアレンジのもつ意味が、うまく理解できないだろう。

河よ教えて 泣く前に
この縁はありやなしや

「河」とは、遥かな時の流れの暗喩である。

男女の縁にとどまらず、家族の縁、仕事の縁、そして、人生の中で出会う、すべての人びととの数限りない縁――長い時の流れの中で、結ばれ、ほどけ、そしてまた結ばれてゆく、それらすべての「縁」のかけがえなさへの思いこそは、これら3曲に――そして、このコンサートツアーの「縁会」というタイトルに――中島みゆきがこめた思いだったのではないだろうか。

「この縁はありやなしや」という問いで閉じられる「縁」に対して、つづく「愛だけを残せ」は、この問いへのより肯定的な答を探そうとする歌である。

縁は不思議 それと知らぬ間に探し合う
縁は不思議 それと知りながら迷い合う

縁とは、そのように不確かな目に見えないものとして、生命と時間の流れの中をたゆたいつづけるほかないものだからこそ、

激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
生命 (いのち) の証 (あかし) に 愛だけを残せ

この結びのリフレインは、生命のたしかな「証」を残すことを、力強く求めつづけるのだ。

時の流れへの祈り、そして驚き

第1幕の「縁」に対して、第2幕で印象づけられるモチーフは「夜」である。

「夜」といえば、中島みゆきはかつて、アルバム『夜を往け』を中心としたコンサートツアー「Night Wings」(1990年) のMCでも、おおよそ次のような意味のことを語っていたのを思い出す。

私はデビューの頃から夜っぽい曲が多いけど、
この際、「夜」をもっと思い切って前面に出そうと思ったの。
「夜」というとネガティブなイメージがあるかもしれないけれども、
夜には、昼の疲れを癒してくれたり、
明日へのエネルギーを与えてくれたりするような、
そんな不思議な力がある――
そんなポジティブな夜を歌おう、と思ったんです。

――そんな「ポジティブな夜」への志向は、その頃以降の中島みゆきの作品や活動、とりわけ (その前年の1989年にスタートした) 「夜会」に、繰り返し投影されてきたように思う。

最近 (2008~2009年) の夜会『今晩屋』でも、「夜」は、1日を次の1日へとつなぐ時間――そうであるがゆえに、人の運命の分岐点となり、またそれゆえに、悔恨の出発点ともなりうるような特別な時間――として位置づけられていた。

今日を明日へとつなぐ時間としての「夜」――そう考えると、「縁」と「夜」とをつなぐ共通項、すなわち「時間」というモチーフの存在も浮かび上がってくる。

――とはいえ、中島みゆきのすべての作品は「時間」を共通のモチーフとしていると言っても過言ではないので、これはあまり意味のない言い方かもしれない。ただ、そのように考えると、今回のツアーの、とくに本編のラスト4曲の流れの意味が、より鮮明にみえてくるような気もするのだ。

この1月26日の大阪公演では、とりわけその4曲、 「時代」「倒木の敗者復活戦」から「世情」「月はそこにいる」にかけての感動の高まりがすばらしく、これまで私が聴いた3回の中でも、間違いなく最高のパフォーマンスだった。

とくに「倒木の敗者復活戦」と「月はそこにいる」については、私は今回のコンサートで、はじめてこの2曲の真の意味に気づいたと言ってもいいくらいだ。

「時代」と「倒木の敗者復活戦」とをつなぐのは、「転生」あるいは「復活」への祈りである。

叩き折られたら 貶(おとし)められたら
宇宙はそこ止まりだろうか

この問いは、生きとし生ける生命を「次の宇宙へと繋ぐ」転生への希望を歌った「命のリレー」、そして夜会『24時着0時発』のテーマでもあった。

叩き折られた倒木の傷口から、それでも芽を出そうとする新たな生命の復活への祈り――

――この曲のエンディングで、まぶしさを増しながら降りそそぐライトの中、天空に向けて高々と両手を差し上げ、そして深々と首 (こうべ) を垂れる中島みゆきの姿――夜会『今晩屋』第2幕の「十二天」の場面をも彷彿とさせる――その熱く激しく深い祈りを、私は全身が震えるような圧倒的な感覚で受け止めつづけるしかなかった。

つづく「世情」の前のMCで、中島みゆきは、おおよそ次のような意味のことを語った。

この曲を書いた頃、30年以上前と比べると、道具とかシステムとかは、
日本は別の国かと思うぐらい変わってしまったと思います。
でも、いい意味でも悪い意味でも、その頃となんにも変らないものもある、
ということに気づくと、驚いてしまいます。

――「なんにも変らないもの」とは何だろうか。

「世情」のエンディングで、ホリゾントに映し出される歌詞の一節を手がかりにして考えれば、それは、「変わらない夢を流れに求め」る者たちと、「時の流れを止めて変わらない夢を見たがる」者たちとの戦い――そしてその戦いとともに織りなされてゆく、時代の流れとでもいうべきもののことなのだろうか。

そうした意味では、「シュプレヒコール」の中身やスタイルは大きく変わったとしても、30年以上昔と変わらない戦いやせめぎあいの風景を、私たちはつい最近も、テレビやインターネットの中で繰り返し目にしてきた――未来への見通し難さや閉塞感、そしてそれと表裏一体の不確かな希望という構図も、そのままに。

「月はそこにいる」で上空に浮かび上がる巨大な月は――初日の記事に書いたことの繰り返しになるが――どれほど時が流れても「変わらないもの」の象徴である。

日々の始末に汲汲として また1日を閉じかけて
ふと 立ちすくむ
凛然と月は輝く そこにいて月は輝く

――ここに歌われているのは、巨大な時間の流れの中に、自らの矮小な存在を再発見するときの「驚きの感覚」(sense of wonder) とでもいうべきものだ。

「日々の始末に汲汲と」する中で、とうに忘れかけていた遠い過去の記憶――灼熱の砂漠や「鳥よりも高い岩山の上」での戦いと敗北の記憶――がふとよみがえる。その時に遥かな高みにあって「天空の向きを示した」あの月が、今も変わることなく、この私の上に凛然と輝いている――

――ただ単純に、そのことへの驚き。

それは、この私をも全世界をもつつんで遥かに流れる、時の流れそのものに圧倒される「驚きの感覚」とでも呼ぶしかないものだ。

繰り返しになるが、月が輝く夜は、今日を明日へとつなぐ時間でもある。

「月はそこにいる」という驚きの感覚が、具体的にどのような明日につながるのかは、ひとりひとりの人生の歩みによって答えていくしかない問いだ。

ただ、アンコールのラストに歌われた「ヘッドライト・テールライト」、とくに次の一節は、「まだ終わらない」その旅――遥かな過去から遥かな未来へとつづく旅――の歩みを、繰り返し励ましつづけてくれるような気が、私にはした。

行く先を照らすのは まだ咲かぬ見果てぬ夢
遥か後ろを照らすのは あどけない夢


ところで、「縁会2012~3」は、この大阪公演が私にとっては楽日だったはずなのだが、 すでに周知のとおり、5月23日、新生フェスティバルホールでの追加公演が発表された。

この千秋楽で、中島みゆきがいったいどのような「結論」を私たちに提示してくれるのか
(チケットが取れればの話ではあるが^^;)
、楽しみなような怖いような気もする。

その不思議な期待感の高まりを胸に感じつつ、その日を待ちたい――

 


「「縁会2012~3」金沢公演と大阪公演 (2)」への2件のフィードバック

  1. ー縁とは、そのように不確かな目に見えないものとして、生命と時間の流れの中をたゆたいつづけるほかないものだからこそー
    短い「縁」という歌は発表された当初から気になる歌でした。「ヘッドライト・テールライト」「一期一会」へとつながっていきます。いつ、どこで、誰と出会うかはわからない、そしてその出会いがどのような結果をみせるのか。日々の暮らしの中でふと、考えたりします。
    「世情」をコンサートで初めて聴いたのかもしれません。(コンサート「のうさんきゅう」で歌っていますね。うー忘れてた。行ったのに)
    「変わっていくもの、と変わらないもの」時にどうでもいいような物事に
    なぜ、どうして、を繰り返し、正しいかそうでないかを繰り返す。
    未来という不確かな時間のために。
    幸福の意味を自分で見つけるために。
    お手元に「新怪魚」は届いたでしょうか?私が書いた「終い」は「月がそこにいる」がヒントでした。ほんの些細なことばが私に創作のヒントをくれます。詩を書くのにいつも四苦八苦しますが、案外素材はそこここにあるものです。時に気づくのが鈍いだけで。
    「ヘッドライト・テールライト」で思い出すことがあります。
    2000年だったかな。中学の学年全体の同窓会が正月にあり参加しました。カラオケも用意されていました。
    どこかで聞いたことのある歌のイントロでした。歌っているのは知らない先生でした。(1学年で8組までありましたから当然お世話になっていない全く知らない先生もいます。)
    どうも、先生はあがっているのか上手く歌えていません。
    いつしか私は、壇上に立ちその先生と「ヘッドライト・テールライト」を歌いました。心の中で「地上の星」ではなくこの曲を選曲するとは渋いね、いいね、と思いながら。
    私たちの旅はまだ終わらない。
    はたして終わるのだろうか(^^ゞ

  2. ナミナミさん、コメントありがとうございました。
    「新海魚」、昨日届きました。ありがとうございます。
    「終い (しまい)」という言葉、私も「月はそこにいる」を初めて聴いたときから、
    不思議に印象に残る言葉でした。
    1日の終い、1年の終い、そして――
    終いという言葉にやすらぎを覚えるのは、それが、その次の日、その次の年の
    創まり (はじまり) を予感させてくれるからこそなのかもしれません。
    ところで、「月はそこにいる」のその直前の一節、
    「蜩の声 紫折戸ひとつ」
    では、思わず藤沢周平の時代小説を連想させられたのですが、
    同様の連想をした人が他にもいるようです。
    http://yamane.s62.xrea.com/blog/?itemid=2090
    時代の流れに翻弄されながらも懸命に生きる下級武士や町人の視点に寄り添う
    その文体は、たしかに中島みゆきの視点 (とくに今回の「縁会」ツアーの視点)と、
    通じるものがあるような気もします。
    同窓会での「ヘッドライト・テールライト」のエピソード、想像すると、
    なんだか心温まる情景ですね。
    「遥か後ろを照らすのは あどけない夢」
    この歌詞と、同窓会というシチュエーションとが相まって……

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