荒野より (3) ――『南極大陸』と『ゼロの焦点』

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「船の科学館」(本館は2011年10月より休館) に併設展示されている南極観測船「宗谷」

中島みゆきが主題歌「荒野より」を提供したTVドラマ『南極大陸』の第1回を観た。

敗戦国・日本が、戦勝国に伍して、南極観測という「夢」に向かって立ち上がってゆく物語。やや演出にあざとさを感じる部分もなくはなかったが、脇役陣――そして、中島みゆきにこの主題歌を書かせる動機となったらしい樺太犬たち――の熱演もあり、まずは見ごたえのある、また今後の展開を大いに期待させる滑り出しだったように思う。

多くの人々の「夢」を乗せて、南極観測船「宗谷」が出港してゆくラストシーンで流れる「荒野より」も、その映像と相まって、強く心を揺さぶられるものがあった。

 

それはそうと、匿名掲示板やブログを読んでいると、「プロジェクトXの拡大版」といった感想がいくつかあり、思わず苦笑してしまった。

例のNHK『プロジェクトX』と主題歌「地上の星」の大ヒットによって、戦後復興期?高度成長期の物語と中島みゆきという組み合わせには、一種の刷り込み効果が生まれたということなのかもしれない。

とはいえ、実際にその時代を描いたドラマや映画に中島みゆきが主題歌を提供したのは、他には、共に松本清張原作のドラマ『けものみち』 (テレビ朝日系、2006年、主題歌「帰れない者たちへ」) と、映画『ゼロの焦点』 (東宝、2009年、主題歌「愛だけを残せ」) があるだけである。

『けものみち』の方は私は観ていないが、『ゼロの焦点』は、夜会VOL.16『~夜物語~本家・今晩屋』のために上京したついでに、六本木ヒルズの映画館に観に行ったのを思い出す。

映画では、敗戦後の混乱期から日本社会の再生へと向かい始める昭和30年代前半の時代背景が、女性たちの新たな未来の希求というテーマと (松本清張の原作以上に) より強く重ねあわされている。

副主人公である金沢の社長夫人が、市長選候補者の女性の後援会長として、日本初の女性市長誕生をめざして奮闘する。その社長夫人を演じる中谷美紀の鬼気迫るといっていいほどの熱演が、とりわけ強く印象に残った。

だが――夜会『今晩屋』でも強調されていたように――新たな未来の希求は、過去の忘却、あるいは過去からの逃走によっては達成されえない。

忘却し、あるいはそこから逃走しようとした過去は、あるとき不意に逆襲の牙をむく――あまり具体的には、いわゆるネタバレになるので書けないが――『今晩屋』と同様に、『ゼロの焦点』も、そうした物語である。

「過去からの逃走」と「過去の救済」という根底に潜むテーマにおいて、この2作品には、深く共通するものがあるのだ。

「荒野より (1) ――「荒野」という言葉について――」で書いた、「荒野」という言葉への中島みゆきのこだわりも、そのこと――過去という時間のもつ意味――と深くかかわっているように、私には思われる。

すべてが失われた場所――そして、そうであるがゆえに新たな出発への「フロンティア」となりうる場所――としての「荒野」の記憶。

その原点の記憶を決して忘却することなく、未来へと、「夢」へと歩んでゆくこと――その歩みの先にのみ、いつか「荒野」という過去が救済される日は訪れうるのではないだろうか。


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