夜会「今晩屋」のモチーフとなった森鴎外「山椒大夫」のオリジナルが、日本中世末期から近世初期の語り物文芸である説経節の代表作のひとつ「さんせう太夫」にあることはよく知られている。つまり「今晩屋」は、形式的には、鴎外による近代化というワンクッションをはさんでの、説経節「さんせう太夫」の二重のリメイクとでもいうべき位置にある。
ただし、舞台をご覧になった方はよくご承知のように、「今晩屋」は「山椒大夫」の単なるリメイクではない。そこでは「山椒大夫」のさまざまな素材が引用されてはいるが、それらは登場人物(安寿、厨子王、母、姥竹)たちの「来生」の物語として、中島みゆき独自の視点から徹底的に再構成されたものとなっている (再構成された物語の構造についての私見は、本ブログの「物語の構造 (1) 、物語の構造(2) 」を参照)。
この記事では、「今晩屋」にとって「山椒大夫」というモチーフのもつ意味について、この物語の古層に分け入ること、すなわち鴎外の「山椒大夫」を経て、説経節「さんせう太夫」にまで遡る作業を通して考察してみたい。
(1) 説経節「さんせう太夫」の構造
説経節「さんせう太夫」については、鴎外の「山椒大夫」との差異という問題を含めて、岩崎武夫『さんせう太夫考――中世の説教語り』 (平凡社ライブラリー、1994年) の第1章に詳細な考察がある。同書の主題は、中世に淵源をもつ説教語りの考察を通して、その担い手であった「民衆のもつ多義的な思考や想像力、その豊かな可能性をつかみとること」(33頁)にあり、鴎外の「山椒大夫」は、そのオリジナルとの対比においてネガティブな位置に置かれざるをえない。そのことにも注意しながら、まずは同書の議論の要点を紹介しておこう。
「生命の転換と更新」
岩崎氏によれば、説経節「さんせう太夫」の近代版とされる鴎外の「山椒大夫」における最も決定的な欠落は、「説教のいわば生命ともいうべき場の構造と論理をかえりみない点」にあるという。
さんせう太夫の支配の網の目を逃れて、づし王は丹後の国の国分寺から摂津の国天王寺へとたどり着くが、その天王寺で賎しい乞丐人〔こつがいにん=乞食〕の身分を捨てて、生命の浄化と更新を得、もとの奥州五十四群の主として復活する。「天王寺」を契機として、乞丐人の身分から、一躍高貴な身分に生まれ替わる。そこに演じられた生命の転換と更新の劇、それを説教における場の構造と論理とよぶわけである。(42頁)
すなわち、鴎外の近代化によってこの物語から失われたのは、づし王の「生命の転換と更新」が、天王寺という「聖なる空間」を媒介として、「賎から貴へ」という垂直軸の再上昇として生起するという構造と論理だ、ということである。
このような「生命の転換と更新」を可能とする「聖なる空間」の構造は、基本的には、そこで説経節が語られ民衆によって聴かれる、祝祭の場の構造――それは「聖なる時間」の構造でもある――にも共通するものである。
説教が、寺社の祝祭の日、その境内(外)で語られたことは間違いない事実である。それは祭りというものの持っている本質――古きものの消滅と新しきものの生誕――を、語り物の世界に転移し、それを軸にして展開したものであり、安寿とづし王の関係もその祭りの論理を踏まえて生まれたものである。(98頁)
つまり、安寿の死を代償としたづし王の再生という物語は、それ自体、説教節が語られ聴かれる祝祭という場 (時間) がもつ、「古きものの消滅と新しきものの生誕」――より端的にいえば、死と再生の反復――という本質の投影でもある、ということである。
こうした説経節「さんせう太夫」の構造の背景をなしているのは、世界を「聖」と「俗」という二領域に分割することを基本原理とする伝統的世界像である。この「聖俗」二元論は、空間と時間の双方を秩序づける。空間構造においては、「聖なるもの」を頂点とする「貴賎」の垂直軸が、社会の全体を貫徹し支配する。時間構造においては、「聖なる時間」 (ハレ) としての祝祭 (非日常) における死と再生の反復が、「俗なる時間」 (ケ) としての日常的秩序の再活性化をもたらす――すなわち、聖→俗→聖→俗……と循環する、円環的な時間が流れていく。
(2) 森鴎外と「山椒大夫」の近代性
「さんせう太夫」と「山椒大夫」
(1)で紹介した岩崎武夫『さんせう太夫考』で指摘されていた点の他にも、説経節「さんせう太夫」と森鴎外の「山椒大夫」(大正4年) とのあいだには、いくつかの顕著な差異が存在する。
まず明らかに目につくのは、鴎外版においては――「さんせう太夫」にあった、づし王を逃走させた安寿が火責め水責めの極刑に遭って惨死するとか、あるいはづし王が報復として太夫の首を竹鋸で三日三晩引かせるなどといった――凄惨な身体的暴力をともなう場面がほとんど姿を消していることである。そうしたものとして唯一残された、安寿と厨子王が額に十文字の烙印をされる場面でさえ、結果的には夢であったという処理がなされている。
このことは、支配者と被支配者との和解不可能な対立、あるいは被支配者のゆきどころのない情念といった、岩崎氏がこの物語の「生命」としていた中世的論理が、鴎外版では基本的に関心の外におかれていることを示している。
また、興味深いのは、丹後国守となった厨子王 (平正道) が、人身売買を禁じた結果である。
そこで山椒大夫も悉く奴婢を解放して、給料を払うことにした。大夫が家では一時それを大きい損失のように思ったが、この時から農作も工匠の業も前に増して盛になって、一族はいよいよ富み栄えた。
これは岩崎氏の言うように、厨子王と山椒大夫との「暗黙の和解」ともみることができるかもしれないが、それ以上に、封建的な生産関係から近代的 (資本主義的) な生産関係への移行が語られている点が重要である。
そして、やはり岩崎氏が指摘するとおり、説経節「さんせう太夫」の本質であった、「聖なる空間」を媒介とした「生命の転換と更新」という宗教的論理は、鴎外の「山椒大夫」には基本的に存在しない。
それに代わって物語の前面に出るのは、姉の自己犠牲による弟 (そして母) の救済という、強い倫理性を帯びた物語である。それは一見、伝統的な家族倫理を踏襲しているようにみえるかもしれないが、重要なのは、安寿の自己犠牲という行為が、彼女の――あえていえば――近代的自我の覚醒と一体となってなされているという点である。安寿の聡明な自我と強靭な意志に基づく計画が、厨子王を彼女の代行者として、伝統的支配からの脱却と近代的世界への到達を成就せしめるという意味で、これはきわめて強い近代性を志向する物語へと変換されているのだ。
「山椒大夫」で、宗教的な超越性を帯びた存在として唯一登場するのは、安寿と厨子王の守本尊の、放光王地蔵菩薩の金像である。安寿は厨子王を逃走させるとき、「この地蔵様をわたしだと思って……大事に持っていておくれ」と、守本尊を手渡す。事実この像は逃走後の厨子王を、文字通り安寿の身代りとして救済へと導き、最後の場面では、厨子王と再会した盲いた母の目を開かせる。
この地蔵菩薩の役割は、「さんせう太夫」における、亡き安寿が後に銕焼地蔵として信仰を集めたという後日談と比較すると興味深い。そもそも「さんせう太夫」は、丹後国の銕焼地蔵の由来を説き広めるという語り出しで始まるのであり、そこではいわば物語の外枠をなしていた地蔵菩薩が、「山椒大夫」においては物語の内部構造に取り込まれる。そこで地蔵菩薩が最終的な救済者の役割を演じるのは、あくまでも安寿の意志を代理表象する存在としてなのだ。
以上のような「山椒大夫」の物語の背後にあるのは、説経節「さんせう太夫」の背後にあった、「聖俗」二元論を基本原理とする伝統的世界像の解体の上に成立する、近代的世界像である。それは次のような空間構造と時間構造とから成る。空間構造においては、「聖」を頂点とする「貴賎」の垂直軸が解体され、流動化し水平に拡大した空間の中を、人びとは「自由」な「個人」として浮遊しはじめる。時間構造においては、「聖」と「俗」 (非日常と日常) を循環する円環的時間の環がほぐれ、無限の過去から無限の未来へとひとすじに伸びる直線的時間の中を、人びとは未来の「幸福」を求めて、それぞれの現在を生きてゆくようになる。
こうした「山椒大夫」の近代性のもつ意味について、鴎外の他の作品をも参照しながら、もう少し考察を加えておこう。
自己没却と自己主張
高橋義孝氏は、『山椒大夫・高瀬舟』(新潮文庫版)の解説で、鴎外の諸作品の中には二本の「赤い糸」が貫き流れているという。
その一本は、「一切の束縛、制約、伝統、因襲、秩序、隷属、諦念、自己否定を受けつけまいとする自己肯定、自己主張、広義における、また素朴な意味における個人主義」の線である (同書 362頁)。この線は、小編「杯」 (明治42年) で、西洋人の少女が日本人の少女たちに対してフランス語でつぶやく下記の言葉を出発点として、「妄想」「阿部一族」「最後の一句」などへつらなっている。
わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯でいただきます。
もう一本の「赤い糸」は、それとは正反対に、「自己没却、自己否定、秩序への完全な服従、権威に対する全幅の肯定、ある意味での『運命への愛』の線」である (同書 366頁)。これは、「興津弥五右衛門の遺書」「護持院原の敵討」そして「山椒大夫」にも共通する理念的主題であり、「山椒大夫」における下記の厨子王の言葉に最も簡潔に表現されているという。
姉えさんのきょう仰ゃる事は、まるで神様か仏様が仰ゃるようです。わたしは考を極めました。なんでも姉えさんの仰ゃる通にします。
この「自己没却と自己主張という対立概念」は、高橋氏によれば、「鴎外の内部にあった旧時代の武士気質と、近代的な合理主義との角逐」から生じたものである (森鴎外『阿部一族・舞姫』新潮文庫版・解説、363頁)。
ただ、客観的状況として、鴎外の外部における日本の「近代化」が不可逆的な変化として生じていた以上、この角逐ないし矛盾が、自己没却から自己主張へという方向でしか、いいかえればそれらの背後にある伝統的世界像からの離脱と近代的世界像への参入という方向でしか解決を見いだしえなかったという点は、付け加えておくべきだろう。
この西欧的な近代合理主義との角逐、あるいは日本の「近代化」という問題は、鴎外に限らず、夏目漱石など明治の文学者や知識人が共通して直面した大問題でもあった。ただ鴎外の場合、この角逐ないし矛盾の解決のありかたが、以下にみるように、「女性の自己犠牲による救済」というモチーフによってときに彩られているようにみえる点に、ここでは注目しておきたい。
女性の自己犠牲による救済
「山椒大夫」は、たしかに高橋氏の指摘するように、厨子王の視点からみれば、姉・安寿が主導する運命への全面的な服従という意味で、そしてまた安寿の「自己犠牲」によって救済がなされるという意味で、「自己没却」を主題とした物語であるようにもみえる。しかし安寿の視点からみれば、厨子王と母の救済は、彼女の聡明な自我による周到な計画と厨子王への情理を尽くした説得の結果として達成されるのであり、その意味で、これはきわめて強烈な安寿の「自己主張」の物語でもある。
「自己犠牲」をともなう「自己主張」という構図は、「山椒大夫」と同じ大正4年に発表された 「最後の一句」 において、より鮮明に表現されている。罪人となった父の命乞いをするために、自らをはじめとする子供たちの命を差し出そうとする長女いちが、白洲での取調の場で言う、「お上の事には間違はございますまいから」という最後の一句は、まさに伝統的秩序に対する「献身の中 (うち) に潜む反抗の鉾 (ほこさき) 」であった。
このような、女性の「自己犠牲」をともなう「自己主張」、そしてそれによって達成される救済というモチーフは、鴎外にとって、「自己没却」と「自己主張」との矛盾を解消し、未来へと進む道を見いだすための、ひとすじの希望だったのではないだろうか。
さらに想像をたくましくすれば、これらの女性の原型は、鴎外のドイツ留学での経験を下敷としたとされる初期の代表作「舞姫」 (明治23年) のエリス、さらには、「舞姫」との関連が論じられることのある (鴎外自身が初訳をおこなった) ゲーテの「ファウスト」のグレートヒェンにまで、さかのぼり見いだすことができるかもしれない。
「舞姫」には、直接には「自己犠牲による救済」というモチーフが登場するわけではない。むしろこの物語は、ドイツに置き去りにした恋人エリスに対する、主人公の限りない罪責と悔恨を主題としている。ただ、その罪責と悔恨のゆえにこそ、鴎外はのちに、舞台を過去の日本に移し替えながら、「女性の自己犠牲による救済」をモチーフとした物語を書かなければならなかったのではないだろうか。
「ファウスト」の、絶命した主人公がかつての恋人グレートヒェンの天上での祈りによって魂を救済される終幕、とりわけその最後の、「永遠に女性なるもの、我等を引きて往かしむ」 (鴎外訳) という一節は、この救済への希望の原点をなしているようにもみえる。
(3) 過去の救済
近代的世界像の獲得が不可逆的な変化としてもたらした直線的な時間軸の上では、個人の生は有限の長さの線分としてしか存在しえない。したがって、「自己犠牲」の物語の主人公となるべき女性たちの姿は、「過去」という半直線の中に、永遠に置き去りにされるほかはない。
「舞姫」と同様、鴎外のドイツでの恋愛体験を土台にしたとされる 「普請中」 (明治43年) は、前出の「杯」と同様に、鮮やかな光と影の陰影の中に、西洋と日本という対比を浮かび上がらせた小編である。
主人公・渡辺参事官は、かつての恋人、演奏旅行中に日本を訪れたドイツ人女性歌手と夕食を共にする。「あなたは少しも妬んでは下さらないのね」という彼女に対して、彼は乾杯とともに、彼女の現在の恋人であるポーランド人伴奏者との将来を祝福する言葉を贈る。彼女との記憶を過去へと押しやるその言葉は、彼の「日本はまだ普請中だ」という言葉とともに、過去から訣別し未来へと向かう道を見いだそうとする鴎外の強烈な「自己主張」の反映でもあったのだろう。
未来を照らし出す光が眩さを増すほどに、過去はより深い影の中へと沈みこんでゆく。「近代」が置き去りにしてきたもの、未来のために犠牲となった過去、そしてその中に取り残された女性たち――。
安寿は、自らの主体的意志によって自らの身を過去へと置き去りにすることにより、厨子王に過去からの脱却を促し、未来への道を見いださせる。このような「近代」の物語としての「山椒大夫」で問われることなく残されたのは、未来のために犠牲となった過去、そしてそこに置き去りにされた安寿に象徴される女性たちは、いかにして救済されうるのかという問いである。
「今晩屋」は、この「山椒大夫」で問われようのなかった問いに応えるために構想された物語である。その意味でそれは、「近代」が置き去りにした「過去」を救済しようとする物語でもあり、そこには、「過去の救済」をめざす歴史意識とでもいうべきものがこめられているのだ。
はじめまして、「山椒大夫」を検索中、ここに来ました。
すばらしい見識に敬服しました。
ただ、私見ではありますが、もっと深い意味合いが存在すると考えています。
そして、森鴎外の個人的な事情も関係していると感じます。
鴎外が安寿が入水自殺したことに物語を歪曲したことも・・・。
生意気いってすみません。
濱田さま、はじめまして。
過分なコメントをいただき、ありがとうございます。
私は鴎外の専門家でもなんでもなく、この記事は、あくまで中島みゆきの「夜会」を通してみた、ごく一面的な考察に過ぎません。見逃しているであろう多くの点について、ご教示いただければ幸いです。
なお、鴎外が安寿の死を、「さんせう太夫」での凄惨な刑死から、入水自殺へと置き換えた(しかも入水の場面自体は描写さえしていない)ことは、身体的暴力の記憶の、無意識の領域への抑圧として解釈できるかもしれません。
「夜会」で「水の底」とうい場所が、抑圧された記憶が潜み、やがてそこから救済されるべき無意識の領域として意味づけられているのも、そうした鴎外の解釈に対する批判的再解釈とみることもできるような気がします。
ご丁寧なご返答痛みいります。
安寿(エンジェル)厨子王(イエズス)、玉木(母、マリア)、大夫(ユダ)などのようなせっけい節さんせう太夫に見られるキリスト経の残滓の発見が鴎外の「山椒大夫」になった。と考えています。玉木の歌う失った我が子をしのぶ歌は、賛美歌である
ことに最近気がつきました。当然鴎外も気がついたはずです。
安寿こいしやほーやれほ=エンジェル コラール ハレルヤ
厨子王こいしやほーやれほ=イエズス コラーレ ハレルヤ
鳥も生あるものなれば= 烏(クルス)モ 聖ナル モノナレバ
とうとうにげよ おわず とも=ココニ アガメ オワシマストモ
鴎外とせっけい節さんせい太夫の出会いの衝撃は彼の津和野での体験(浦上第四崩れ)
が大きく影響していることでしょう。彼の父の原罪(キリシタンへの虐殺)を昇華できなかった彼は同じ撤をまた踏んだのです。
ドイツのマリエン教会でのエリーゼとの経験が彼の苦悩の原点と考えています。キリスト教に帰依できなかった償いは彼の二人の娘の名に見えるような気がします。
ちなみに、私は森鴎外の研究者ではありません。