荒野より (4) ――シングル感想――

発売日から1日遅れで、ニューシングル「荒野より」を入手。

ネット配信が音楽コンンテンツの流通経路の主流となりつつある現在では、CD (それもシングル) というメディアは、もはや趣味的なコレクターズ・アイテムに近くなった感がある。

もちろん、圧縮データではなく、CD規格 (16bit/44.1kHz) のデータを手元に置けるというメリットはあるが、実際には、PCへのインポートを経て iPod に入れたデータを、 外部ノイズの多い通勤中の電車内などで聴くというケースが大半なので、そのメリットもかなり気分的なものというべきだろう。

――それはともかくとして、ラジオやTVでの断片ではなく、ゆっくり全曲を通して、それも比較的クリアな音で聴けるという満足感は、やはり大きい。

「荒野より」

タイトル曲「荒野より」は、マイナー→メジャー→マイナーという――中島みゆきが好んで使う――転調の反復がまず印象的だ。

プログレッシブ・ロック風の――このあたり、瀬尾一三の音楽的志向がよく出ている――シンセの沈んだマイナーコードによるイントロから、一転してパッと希望の陽が射すかのように、「♪望みは何かと訊かれたら……」とメジャーのメロディでの歌い出し。

つづけてメジャーのBメロ、「♪僕は走っているだろう……」での加速を経て、跳躍するかのように、同主調マイナーのサビ「♪荒野より君に告ぐ……」への転調。

同じくメジャー→マイナーの転調でも、平行調ではなく同主調への場合、そこでパッと風景が切り替わるという印象が強くなる。

この曲では、とりわけその切り替えが効果的だ。ここで、「僕」がいる場所――そこから、遥か彼方の「君」へと呼びかけている場所――としての「荒野」の風景が、一気にクローズアップされ眼前に広がる。

さらに、2番が終わった後のギターソロによる間奏でも、同じマイナー→メジャーの転調が二度も繰り返される――まるで、「僕」と「君」とのあいだの遥かな距離と時間を一瞬で飛び越え、映像が切り替わるかのように。

この遥かなまなざしの往還こそは、「この星」の上で共に走り、笑い、歌い、そして生きている「君」と「僕」とをつなぐ、遥かな思いの往還でもあるのだろう。

「バクです」

カップリング曲「バクです」は、「荒野より」とは対照的に、静かで素朴な、そしてどこかせつない懐かしさを感じさせる、童謡風の歌である。

「あんた」の「悪い夢」「怖い夢」「つらい夢」「泣いた夢」を喰ってくれるというバク。しかし、そのバクもまた、夢を見るという――「笑ってるあんたの夢」を。

人がレム睡眠時に見る夢は、心理学的には、無意識下に抑圧された願望や記憶の表現とされる。

それらの夢 (とりわけ悪夢) のもつ重み――無意識という海の底へ沈んでゆこうとする重み――を、逆に浮力へと変換してくれる力を、バクはどうやら持っているらしい。

腹いっぱいになりすぎたなら ふわりふわりと浮きそうだ

――この印象的なフレーズを聴いたとき、私は思わず、夜会『今晩屋』の第二幕、「幽霊交差点」の場面で、舞台の上空にふわりふわりと浮かぶ、不思議な透明な魚を思い出した。

そういえばあの水底の「水族館」も――安寿、厨子王たちの前生の罪責や悔恨を含めて――抑圧された記憶が保存されている無意識の世界の暗喩とも思われる空間だった。

しかしそれらの記憶は、やがて水面へと浮上し、「赦され河」を渡る舟によって救済されるのだ――

 

「バクです」に話を戻すと――この歌では、中島みゆきの歌ではかなり久しぶりに、「あんた」という二人称が使われているのも印象的だ。

(「あなた」ではなく) 「あんた」という二人称は、おそらくは中島みゆき自身にとって、いわゆる「素」のレベルで相手に呼びかけるときに、最も自然に出てくる表現なのではないかと思う。

かつて、オールナイトニッポンの「最後の葉書」コーナーで、リスナーのさまざまな思い、とりわけ悩みや悲しみを訴える言葉に応えるとき、彼女はしばしば「あんた」と呼びかけていたのを思い出す。

最近のラジオ番組 (10/28、FM802 “FRIDAY WEEKEND BASH” ) でも、この曲について中島みゆきは、「こうありたいな、なんてね」と、短く――しかし彼女にしては珍しく率直に(^^;)――コメントしていたのが印象深かった。

自分がすでに「バク」だというのではない、

今の今からバクになる
バクになることにしたんです

というストレートな意志表明は、「こうありたいな」という彼女の思いの、おそらくはきわめて正直な反映なのだと思う。


「荒野より (4) ――シングル感想――」への3件のフィードバック

  1. 中島みゆき新曲「荒野より」フル試聴(PV視聴)!キムタク主演日曜劇場『南極大陸』主題歌!胸を打つ歌!

    『望みは何かときかれたら 君がこの星にいてくれることだ…♪』
    中島みゆきの新曲「荒野より」フル試聴(PV視聴)。
    ~木村拓哉主演・TBS開局60周年記念 日曜劇場(ドラマ)『南極大陸』の主題歌/
    11月16日発売予定の中島みゆきのニューアルバム「荒野より」~
    力強く、そして温かい!
    中島みゆきのアツイ思いが伝わってきます!
    『イマ』だからこその、応援歌!ちからが沸々と
    湧いてくる、そんな魂の唄です。
    ドラマ『南極大陸』にもあっていてオススメ!…

  2. 某サイトのリンクよりこのサイトを読ませていただきました。いや~凄いですね。
    私も長いみゆきファンなのですが、これだけ分析して文章を書ける人が羨ましいです。
    ところで「バクです」という曲ですが、11月13日のbayfm「Mind of Music」の中でみゆきさんの新アルバムの曲を流しながら田家さんが「バクです」はアレンジャープロデューサーの瀬尾さんがイメージだそうですとハッキリ言っておられました。そう言えば2011年ツアーのパンフに「自分を動物に例えるなら」の質問に瀬尾さんはバクと答えていました。
    これからもこのサイトを楽しみにしています。

  3. >sakura様
    コメントありがとうございました。
    「バクです」のイメージは、やはり瀬尾さんだったのですね。
    かつての瀬尾さんのソロアルバム(オリジナルは1973年、みゆきさんのデビューより前ですね)のタイトルも「貘」でしたし、瀬尾さんにとって、ある意味で自らのアイデンティティそのものなのかもしれませんね。
    これからもよろしくお願いします。

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